ダルマメダカ(チヂミメダカ)は、その愛くるしい姿から非常に人気がありますが、実は「狙って作出するのが難しいメダカ」の一つでもあります。
「親がダルマだから、子もダルマになるはず」
そう思って採卵しても、なかなかダルマが出ない……そんな経験はありませんか?
実はダルマメダカの形質発現には、「複雑な遺伝子の組み合わせ」と「シビアな環境要因(水温)」の2つが密接に関わっています。
今回は、【PR】『メダカ学全書』(岩松鷹司 著)を参考にしつつ、僕自身の飼育経験も交えて、ダルマメダカの遺伝子・産卵・殖やし方の核心に迫ります。
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一般的に「ダルマメダカ」と呼ばれていますが、学術的な表現や古くからの愛好家の間では「チヂミメダカ(fused」または「fused centrum)」とも呼ばれます。
この独特な体型は、椎体の癒合(fusion)と椎間靭帯の欠失によって引き起こされ、結果として体長が短縮します。
通常、メダカの背骨は整然と並んでいますが、ダルマメダカの場合、椎体が癒合(ゆごう:くっついてしまうこと)したり、押し縮められたような形状になることで、体長が短くなります。遺伝学的には自然発生突然変異体に分類されますが、そのコロコロとした姿は観賞魚として唯一無二の魅力があります。

※画像は媛めだか作出フルボディの鰭長ダルマ(熊猫)
ダルマメダカの遺伝子は癒合、溶和という意味のfused(フューズド)の頭文字から取り「fu遺伝子」とも呼ばれています。
fu1〜fu6とWntシグナルの話
ダルマメダカ(チヂミメダカ)の体型を決める「fu遺伝子」について、「fu1〜fu6まで6種類ある」とよく説明されます。これは方向性としては正しいのですが、遺伝学的にもう少し正確に言うと、6種類の「対立遺伝子」ではなく、少なくとも複数の「別々の遺伝子」の集まりだと考えられています。※少なくともfscとfu-2は別遺伝子座と確認済み。他のfu系統も別遺伝子座の可能性が高いが、分子レベルでは未確認
ここでは、
を、できるだけ分かりやすく解説します。
愛好家向けの本やブログでは、説明を簡潔にするために「fu1〜fu6という6種類のfu遺伝子がある」とひとまとめにして扱うことがよくあります。実際、僕自身も解説しやすさを優先して、この6つを一括りにして話すことがあります。
ただし、より正確な話をすると
は、同じ場所の遺伝子の違い(対立遺伝子)ではなく、そもそも別の遺伝子の変異だということです。
そのため、厳密には
「fu1〜fu6 = 同じ1つの遺伝子の6タイプ」
ではなく
「fu1〜fu6 = 脊椎を短くする“いくつかの別々の遺伝子”に付けられた整理番号」
というイメージの方が実態に近いと考えられます。
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科研費プロジェクトの成果から、少なくとも以下については分子レベルの正体がかなりはっきりしています。
■ fused centrum(通称ダルマ系統の1つ)
wnt4bはフロアープレートで発現し、椎間靭帯細胞が骨芽細胞へ異常に分化するのを防ぐことで、脊椎の分節パターンを維持する。
■ fu-2
fu-2変異体ではwnt4bの発現自体は正常であることから、fu-2はwnt4bシグナルの下流で機能する遺伝子の変異である可能性が高い(※ただし確定ではない)。
「分子レベルで正体がはっきりしているのは fsc 系の wnt4b までで、fu‑2 は『染色体位置と Wnt 系候補遺伝子』というところまでが現状の到達点」
ポイントだけ抜き出すと
つまり一言で言うと、
「同じ“ダルマ体型”でも、wnt4bを壊してなっているものと、別のWnt系遺伝子を壊してなっているものがある」
という世界観です。
Wnt(ウィント)は、細胞どうしが体づくりの「合図」を送り合うために使うタンパク質のグループの名前です。胚発生のときに「ここで細胞を増やせ」「ここを骨や神経にしろ」「ここから先をこういう形に並べろ」といった指令を出す役割を持っていて、この合図の流れ全体を「Wntシグナル」と呼びます。ダルマメダカの場合、このWntシグナルに関わる遺伝子(wnt4bなど)がうまく働かないと、背骨の区切り方が乱れ、椎骨がくっついて体が短くなると考えられています。
大前提として、fu遺伝子は「潜性遺伝」です。
両親からダルマの遺伝子を受け継がないと発現しません。
昔からブリーダーの間でよく言われてきた謎が、
「ダルマ同士を掛けているのに、全然ダルマが出ないペアがいる」
という現象です。
これは、ざっくり言えば
のように、「壊れている遺伝子の場所自体が違う」場合があるためです。
このときA×Bを掛けると、子どもは
という「どの遺伝子も片側は正常な働きを保っている」状態になり、どの遺伝子も「両方とも変異型(ホモ接合)」にはならないので、強いダルマ体型としては出てこない、というわけです。

「対立遺伝子が合致しない」と表現されることも多いですが、遺伝学的により正確に言うなら、
「少なくともfscとfu-2は別の遺伝子座であることが確定しており、他のfu系統についても別遺伝子座の可能性が高いが、分子レベルでの確認は今後の課題。そのうえで別々の遺伝子座の変異同士だった場合、掛け合わせてもダルマ形質がホモにならず、普通体型(か、せいぜい半ダルマ)になる」
という説明になります。
分子情報を踏まえて、ブリーダー目線で「fu1〜fu6」を整理すると、イメージはこんな感じです:
その中に、
が含まれている、というイメージです。
実務的には「fu1 系統」「fu4 系統」と呼んで系統管理しますが、その裏側では、少なくとも一部について 壊れている遺伝子そのものが違う可能性が高い と考えられています。
このため、
・同じfuタイプ同士(例えば「元はfscから派生した1系統内」でインブリードした群)
→ ダルマの固定・再現性が高まりやすい
・別fuタイプ同士(wnt4b系 × Wntシグナル関連遺伝子のような異系統)
→ ダルマがほとんど出ない、半ダルマ止まりになる、という現象が起きやすい
という、ブリーダーが現場で体感している「掛け合わせの相性」の良し悪しを、分子レベルで説明できるようになってきています。
・fu1〜fu6は、「1つの遺伝子の6種類の対立遺伝子」というよりも、脊椎を短くする複数の違う遺伝子変異に付けられた整理番号と見るのが現状の理解に近い。
少なくとも現状は、
が原因と考えられており、「別の遺伝子座」であることがはっきりしています。
そのため、「ダルマ×ダルマでダルマが出ない」ケースの多くは、原因遺伝子が違う系統同士を掛けていることが原因と考えられます。
確実なダルマを作出するためには、信頼できる同一系統内で累代(インブリード)を重ね、特定のfu遺伝子を固定していく作業が不可欠です。
遺伝子と同じくらい、いや、それ以上に重要なのが「水温」です。
fu遺伝子を持っていても、環境条件が揃わなければダルマ体型にはなりません。これを「温度感受性変異」あるいは「温度依存的な表現度の変動」と言ったりします。
岩松先生の実験結果が示す事実
『全訂増補版 メダカ学全書』に記載されている実験データによると、以下のような結果が示されています。
つまり、「28℃以上の高水温こそがfu遺伝子のスイッチを強く押す」ということです。

僕の実体験による検証
実際に僕の飼育場でも、同一のペアから採卵を行い、時期による違いを比較してみました。
これは岩松先生の記述と完全に一致する結果となりました。
「じゃあ、ダルマメダカを28℃以上の高水温に入れておけばいいのか?」というと、それは大きな誤解です。
重要なのは、成魚の水温ではなく、「体が作られる時期の水温」です。
※メダカがいつ産卵するか分からないため、結果的には産卵段階から高水温の場所に入れておく必要はあります。
メダカの背骨が形成されるのは、卵の中にいる胚発生の段階から稚魚のごく初期です。
つまり、産卵された直後から孵化するまでの期間、いかに28℃以上の高水温をキープできるかが勝負の分かれ目になります。
親がダルマ遺伝子を持っていても、採卵した卵を20℃程度の環境で管理してしまうと、遺伝子のスイッチが入らず、普通体型に近い個体として育っていきます。

ダルマを本気で殖やしたい場合は、以下の徹底が必要です。
では、この「28℃以上」という条件を実際の飼育現場でどうやってクリアするか。
ここからは現場での肌感覚を大切にした「媛めだか流の実践的なやり方」を環境別にご紹介します。

ヒーターを使える室内は水温のコントロールが簡単です。
最大のポイントは、親魚を水槽に入れた段階から常に28℃でキープしておくこと。メダカがいつ卵を産むかは分からないため、産み落とされた直後の発生段階から確実に28℃の環境に置けるよう、親を入れる段階からしっかり水温を作っておきます。
ヒーターが使えない屋外では、水温を「固定」することができないため、より自然のサイクルを意識する必要があります。
屋外で28℃以上をキープするには、真夏に採卵することが大切です。「28℃以上になる環境を狙って採卵する」という意識で、水温が十分に上がりきる季節(熱帯夜の多い7月~8月頃)に集中的に累代を進めていきます。
最後に、ダルマメダカ特有の難しさについても触れておきます。
ダルマメダカは背骨が縮んでいる分、内臓が圧迫されています。特に鰾(うきぶくろ/ひょう)の形状がいびつになりやすく、遊泳力が弱いです。
おそらくは、これらが原因でバランスを崩し、ひっくり返ってしまう「転覆病」になりやすい傾向があります。これは遺伝的な構造上の問題も含むため、病気というよりも先天性の理由も含まれている場合は完治が難しいのが現状です。
水流を極力弱くし、エサを食べ損ねないように高栄養で消化の良いものをこまめに与え、低水温にならないようにする等のケアが必要です。
内臓が圧迫されているダルマメダカは、消化機能も普通体型のメダカより弱いことが多く、冬場の低水温による消化不良で体調を崩しやすいと言われています。
また、遊泳力が弱いため、冬眠状態で水底に留まる体力が続かず(転覆した場合)、落ちてしまうこともあります。
※以下の再生ボタンを押すと冬越し中のダルマメダカの転覆模様がご覧いただけます。
安全に冬を越させるなら、加温飼育(ヒーター使用)を使用すると言った方法があります。
屋外で越冬させる場合は、水深を深く保ち、水温変化が少ない環境を用意してあげてください。
僕自身の経験から言えば、「ダルマメダカだから越冬しにくい」という印象は特にありません。
確かに一部の個体(数%)が転覆することはありますが、多くの個体は普通体型のメダカと同じように、毎年問題なく冬を越しています。
ダルマメダカは、遺伝と環境というパズルが上手くハマった時にだけ現れる、奇跡のような存在です。
それゆえに奥が深く、ブリーダーとしての腕が試される品種でもあります。
今回の記事で書ききれなかった細かい飼育のコツや、実際の個体の映像に関しては、今後YouTubeでも詳しく公開する予定です。
ぜひチャンネル登録して、ダルマ作りの参考にしてみてください!
記事の補足
fu‑2 は、ポジショナルクローニングの結果「染色体23番末端の未知領域」にマップされており、その領域には Wntシグナル関連の候補遺伝子が2つ見つかっています。その後の解析から、このうち wnt16 が原因遺伝子である可能性が非常に高いことが学会要旨レベルで報告されています。ただし、査読付き論文としての最終確定報告は現時点では公開されておらず、「完全に解明された」と言い切る段階には達していません。
参考文献・出典
Inohaya K, Takano Y, Kudo A. Production of Wnt4b by floor plate cells is essential for the segmental patterning of the vertebral column in medaka. Development. 2010;137(11):1807–1813.
猪早敬二. Wntシグナルを介したフロアープレートによる脊椎分節機構の解析(研究課題番号23570251)研究成果報告書, 日本学術振興会 科学研究費助成事業.
岩松鷹司. 全訂増補版 メダカ学全書. 誠文堂新光社.
National BioResource Project Medaka. Strain “fused centrum (fsc)” TG1260.
